第六話 狐火の社/狐火の祭
「宗司さん!ありましたよ!」
 白い彼岸花を宗司さんに渡した。
「! ありがとう……あかり」
 宗司さんが私を強く抱きしめる。
 心臓がドク、と跳ねる。
「怖い思いをさせて申し訳ありません……」
「い、いえ! 怖い思いなんてしてませんよ!宗司さんの力になれるなら私は……」
「あなたは本当に優しい」
 私を抱きしめていた腕を離し目を細める。
「……これで私の願いが叶う」
 宗司さんの目に強い光が宿る。
「ついてきてください。……あなたにも知る権利があります」
「? はい」
 私は黙って宗司さんについっていった。


「あれーおねえちゃん? ……ええええええ!?」
「つとむくん……!あれ……!」
「うん? どうした? !」
 ついていくとそうたくんたちのところへ辿り着いた。
「やっと会えましたね、そうた、つとむ、さき」
「か……かみさまっ……!?」
 そうたくんが叫ぶ。
「……神……様……?」
 私は宗司さんを見やる。
「私は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、この稲荷神社の神、狐の神です。三狐神(みけつかみ)とも呼ばれています」
 私は驚きのあまり言葉を失った。
 宗司さんがまさか神様だったなんて……。
 信じられない話だ……。
「今まで黙っていて申し訳ありません」
 宗司さんが私に謝る。
「なんでかみさまがぼくたちのまえに……ぼくたちのまえにでてこれなくなっちゃったんじゃ……」
「白い彼岸花の力のおかげです。この花は一時的にですが私の力を元に戻せます」
 白い彼岸花を見せる。
「そうた、つとむ、さき。私はあなたたちとずっと話をしたいと思っていたのです」
「ぼくたちもずっとおはなししたかったです!」
 そうたくんは目を潤ませている。
「……」
 宗司さんはしばし黙り、そして口を開いた。
「……そうた……。神隠しはもうやめなさい」
「え!? 神隠し!?」
 そのおどろおどろしい言葉に私は驚く。
「……月明かりのない、新月の夜の祭りのことは覚えていますか?」
「はい。石段の前に青緑色の提灯が出てて、いくら歩いても鳥居に辿り着けなくて、屋台のお兄さんに何度も会うし、会っても前会ったこと忘れているし、それに頭がぼーっとして瞼も重くて意識が遠くなる感じがして……」
「それが神隠しなのです。狐火の提灯で人を惑わし迷い込ませ帰ろうとしても帰れなくさせ魂の一部を神社のお祭りに留まらせる。屋台の人々は皆神隠しに遭った人の魂なのです。神隠しに遭ったとは知らず楽しく過ごしていますが……」
「それで宗司さんは私に月のない夜には二度と来てはいけないと言ったんですね……」
「はい」
「でも、それをそうたくんが……?」
 私は一緒に遊んでいるときのそうたくんを思い出す。そうたくんがそんな怖いことをするとは思えない。
「そうたたちは狐です」
「え!? でも人の姿をして……」
「いままでだまっててごめんね」
 ぽんっ。
 そうたくんとつとむくんとさきちゃんが狐の姿になった。
「!?」
 私は驚きのあまり口をぱくぱくした。
 ぽんっ。
 そうたくんたちが人の姿に変わった。
 本当に狐なんだ。じゃあ宗司さんが神様というのも本当のこと……。
「そうた。あなたがなぜ神隠しをするのかは知っています。人を集め私の力を元に戻したかったことと寂しかったからなのでしょう。……寂しい思いをさせて申し訳ありませんでした」
「か……かみさま! あやまらないでください! ぼくがさみしがりやだからいけないんです! でも! ぼくともだちがたくさんできたからもうさみしくないです! かみさまもいるし!」
「……そうた。神隠しに遭った人の魂を元の宿主に返しなさい」
「! でもかみさま! そしたらかみさまが……!」
「私は大丈夫です。だから一緒に魂を解放してあげましょう」
 宗司さんはそうたくんに優しく微笑む。
「……はい、かみさま。……ごめんなさい」
「いいえ、私が悪いのです」
「おねえちゃんもごめんね」
 そうたくんが下を向き指をつんつんしながら謝る。
「大丈夫。気にしてないから……!」
 私はそうたくんに微笑みかけた。


 屋台の人々がぽうっと青緑色の光へと変わる。
 ひとり、またひとりと姿を変え空へ高く昇りあるべき場所へ帰って行く。
 その光景はまるで狐火の杜のようだった。
 
 すべての魂を返し終わり宗司さんは私に向き直る。
「あなたには迷惑をかけました……改めてお詫びとお礼を言わせてください」
 宗司さんは深々と頭を下げる。
「い、いえ! 迷惑だなんて……! 私は宗司さんの力になりたかっただけですし……!」

「!」
 宗司さんの姿が透ける。

「宗司さん……!」
「どうやらお別れの時間が来たようです」
「!?」
 私は息をのむ。
「白い彼岸花の力を使うと私は消えてしまうのです」
「そんな!? 宗司さんっ!」
 必死に叫ぶ。
「消えるといっても完全に存在がなくなるわけではありません。この神社に本当の意味で人が戻ってくればまた私は姿を現すことができます」
「でも……!」

「――この神社の白い彼岸花にはもう一つお話があります。白い彼岸花は狐の神に愛された者にしか見ることも触れることもできないのです」
 宗司さんは穏やかな顔をしている。
「……あかり。愛していますよ」
 宗司さんに優しく抱きしめられる。
 抱きしめている宗司さんの腕の感触が消える。
「私も愛してます……!宗司さん!」
 抱きしめ返しても触れることはできない。

「宗司さんっ!行かないでっ!」
 涙が溢れる。
「……私はまたあなたを泣かせてしまいましたね……」
 宗司さんの指が私の涙をすくおうとするがそれは叶わない。
「短い時間でもあなたと一緒にいられてよかった」
 宗司さんは柔らかく微笑む。
「……あかり。あなたをずっと見守っていますよ」
「待って……!宗司さん!」
 その声とともに宗司さんの姿は私の目の前から消えた。