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第三話 満月の祭/狐火の祭
「どの浴衣がいいか悩んでいたら遅くなっちゃたなぁ」
 履きなれない下駄を動かしながら走る。
 石段の前に辿り着くと提灯がないことに気づく。
「あれ? 今日は提灯ないんだ……綺麗だったのにちょっと残念だなぁ」
 月明かりだけが道を照らす。
「はっ! ぼーっとしている場合じゃない! 早くいかないと!」
 私は石段を一気に駆け抜けた。

 鳥居の前で待つ宗司さんの姿が見える。
「お待たせしまし――」
 油断したせいか最後の一段でつまずき体が宙に浮く。
 思わず目をつむる。
 そのときふわりと温かい風が私を包み――

「大丈夫ですか?」

 震えながら目を開けると私は宗司さんの腕の中にいた。

 ドクドクドクドク。
 宗司さんの脈打つ音が聞こえる。
 私の心臓の音も聞こえているのかな……。
 耳が熱くなるのを感じる。
 ……私……何を考えているんだろう…!

「だ……大丈夫です……!」
 声がうわずる。
「安心しました」
 ほっと宗司さんが息を吐く。
 耳に息がかかる。
 耳がさらに熱くなる。
 宗司さんが私を離す。
 宗司さんの顔が見れない。下を向いてしまう。ドキドキする。
「いかがされましたか……?」
 宗司さんが私の顔を覗き込む。
「! いえ、何も! お、お祭り楽しみです! 早くいきましょう!」
 胸の動揺を隠すようにぎこちない笑みを宗司さんに向けた。
「……? ええ。そうですね。行きましょう」
 宗司さんが笑む。
 また胸がトクン、と音を立てた。
 私は前を歩く宗司さんの背を見ながら胸をおさえていた。


「りんご飴だよー」
 その声に思わず足を止める。
 屋台の陽気なお姉さんと目があった。
「おっ! そこのかわいいお嬢さんに綺麗なお兄さんりんご飴はいかがー?」
 私は宗司さんの袖を少し引っ張る。
「宗司さん、りんご飴ですよ! 私りんご飴好きなんです!」
 宗司さんの顔を見上げる。
「そうなのですか。では買っていきましょう。少々待っていてください」
「はい!」
「もし。りんご飴をひとついただけますか?」
「あいよー」
 宗司さんはりんご飴を受け取り私に差し出した。
「ありがとうございます!」
 さっそく一口舐めた。
 口の中に甘酸っぱさが広がる。やっぱりおいしい。顔がほころぶ。
「とても愛らしいですね、その表情」
 胸がドクンと音を立てる。
「真っ赤なりんご飴も桜色の浴衣もあなたによく似合う」
 宗司さんは目を細める。
「……」
 嬉しさと気恥ずかしさで言葉が出てこない。
「……あ……ありがとう……ござい……ます……」
 やっとの思いで言葉を紡ぐ。
「……私も少し味見をしてもよろしいでしょうか?」
「え!?」
 彼の妖艶な唇が近づく。
「……」
 固まって動けなくなっていると
「……戯れです。あなたはからかい甲斐がありますね」
 宗司さんは思いっきり笑った。
「か、からかわないでください……!」
 耳のあたりが熱くなる。
「すみません。あなたの反応があまりにも可愛いものですから」
 くすりと宗司さんは笑った。
 私はなんだか悔しくてわざとむくれ顔を作った。


「射的屋がありますね。少々やってきてもよろしいでしょうか?」
 屋台の一角を指さす。
「はい」
「もし。射的をやらせていただけますか?」
「へい! いらっしゃい! どうぞ旦那!」
 気前のよさそうなおじさんが宗司さんに射程銃を渡す。
 的を見ると遠く8mはある。
 こんなに遠くて当てられる人なんているのかな。
 なんてぼんやり考えながら宗司さんを眺める。
 
 宗司さんはまるで水が川に流れていくかのように優雅にしかしごく自然に銃を構える。
 その姿はとても美しくまるで絵画が動いているかのようだった。

 ――パン。

 音が鳴りふと我に返る。
 つい見惚れちゃった……。
 恐る恐る的を見ると中央に穴があいていた。
「……すごい!」
 思わず手をたたきはしゃぐ。
「旦那いい腕してるね」
 屋台のおじさんも感心する。
「大したことありませんよ。ただ流れに沿って引き金を引いただけです」
 宗司さんは困ったように笑う。
「景品の簪をいただけますか?」
 おじさんはあいよ、と渡す。
 それは提灯のように翡翠色をした玉に狐が描かれているなんとも綺麗で可愛らしい簪だった。
 宗司さんは私に近づき――

「じっとしててくださいね」

 宗司さんの指が私の髪に触れる。
 その感覚だけで体が熱くなり動けなくなる。
 しゃらんしゃらん。
 簪の揺れる音だけがする。
「できましたよ」
 簪を付けてくれた。
「これで機嫌を直していただけますか?」
 宗司さんが眉を寄せる。
 先ほどからかったことを気にしてくれていたのだろう。
 宗司さんの心遣いが嬉しかった。
「はい! 嬉しいです! ありがとうございます!」
 私はにっこり笑った。
「あなたの笑顔が見れてよかった。射的をやった甲斐があります」
 宗司さんの言葉が私の胸を温かくさせる。
「さて次はどこへ行きましょうか」
 宗司さんが柔らかな表情を浮かべる。
 そのあとも私たちはふらりふらり遊び歩いた。


「――そろそろですね」
 宗司さんがぽつりと呟く。
「?」
 疑問に思い宗司さんの顔を見る。

 ひゅーどろどろぱんっぱらぱらはらり。

 空に音がした。
 見上げると青緑色の大輪の花が咲いていた。

 どんぱらぱらひゅーどろどろはらはらはらり。

「満月の祭りには花火が打ちあがるのです」
 どうですか? 綺麗でしょう? と宗司さんが言う。
 黄金色の満月に、満天の星空、青緑色の花火。
 それは幻想的で私を魅了した。

「気に入っていただけたようですね……」
「はい!とても!」
 宗司さんは満足げに笑った。

「……あなたをお誘いしてよかった」
 声は花火にかき消された。


「今日はありがとうございました!とても楽しかったです!」
 私は勢いよく頭を下げた。
「私もとても楽しかったですよ。あなたといる時間はとても良い」
 宗司さんが目を細める。
「私も宗司さんと一緒にいる時間が好きです!……あっ!その変な意味じゃなくて……!」
 言ってから自分が大胆なことを言っていることに気づく。
 本当に何言ってるんだろう……!私っ!
「そうだ!何かお礼をさせてください!」
 宗司さんは礼には及びませんよ、というけれども、
「このままでは私の気が済まないんです……!」
 私は力強く言った。
「あなたって人は……」
 宗司さんは眉をしかめやや困った顔をしてから口を開く。
「それでは一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい!もちろん!」
「……もしここで泣いているこどもを見かけたら助けてあげてくれませんか?」
「泣いているこどもですか? わかりました!」
 神社にこどもがいるところを私は今まで見たことがなかったが、二つ返事で答えた。
 宗司さんの力になりたい。それに泣いているこどもがいるんだったら助けてあげたい。
「ではまた次の満月の夜にお会いしましょう」
「はい!」
 そうして私たちは別れた。