第五話 白い彼岸花/狐火の祭
 ――次の満月の夜が来た。
 宗司さんまだかなぁ。
 私はドキドキしながら鳥居の前で待っていた。
 今日は待ち合わせの時間より早めに来た。
 しゃらんしゃらん。
風に宗司さんからもらった簪が揺れる。
 宗司さん喜んでくれるかな。
 もっと宗司さんと一緒にいたい。
宗司さんが来るのが待ち遠しかった。

「お待たせして申し訳ありません」
 宗司さんが眉を寄せながら言う。
「いえ! 全然待っていませんから」
 私は両手を大きく横に振り否定した。
「……そういえば、宗司さんの言っていた泣いている子に会いました。
 友達になって毎日遊んでいるんですよ。笑顔がとても明るくて……。あっ名前はそうたくんって言うんですけど……」
 宗司さんは目を見開きやや驚いたあと
「そうですか。……あなたは本当に優しくて魅力的な人ですね」
 柔らかく微笑んだ。
「い……いえ……! ……そんな……!」
 照れてまた両手を大きく横に振り否定すると、
 しゃらんしゃらん、と音がした。
「おや。私が差し上げた簪を挿してきてくださったのですね」
「はい!」
 宗司さんが柔らかく笑む。
 よかった。喜んでくれてるみたい。
 胸のあたりが温かくなる。

「やはりあなたには可愛らしいものが似合う」
 宗司さんの手が私の髪に触れ、口づけを落とす。

「!?」

 熱が頬に集まるのを感じる。

「顔が真っ赤でりんご飴みたいですよ。……とても愛らしい」
 宗司さんのひんやりとした冷たい手が私の頬を包む。
 触れられた部分がさらに熱くなる。

「……また戯れです、と――」
「戯れじゃないですよ。……本気です」

 宗司さんの真剣な眼差しと目が合う。
 吸い込まれるように目が離せない。
 もっと私を見てほしい。射抜いてほしい。
 心を掻き立てられる。
 宗司さんの手が頬を撫でその指で私の唇をそっとなぞる。
 ドクドク鼓動が音を立てる。
 まるで全身に火がついたように熱い。

「……宗司さん……」
 熱っぽい声が漏れる。
 宗司さんの指が私の顎をとらえる。

「……」

 しばしの沈黙が続き宗司さんの妖艶な唇が近づき――
 私は目を閉じた。


「――あっ! おねえちゃんだ!」

 不意に呼びかけられて思わずびくっと震えた。
 宗司さんの手が私から離れる。

「おねえちゃんもおまつりきていたんだね!」
 見るとそうたくんとつとむくんとさきちゃんがいた。
「こんばんは!お姉ちゃん」
「こ、こんばんは」
 私の心臓はまだバクバク音を立てたままだ。
「ぼくたちこれからお祭り行くんだ!」
「そうなんだ……」
「お前もお祭り行くのか?」
「う、うん」
「ならおねえちゃんもいっしょにいこうよ!」
「そうだ。それがいい。祭りは多いほうが楽しいからな」
 そうたくんとつとむくんが口々に言う。
「え!? でも宗司さんが……」
 私は隣をちらりと見る。

「……」

「? ……おねえちゃん、ひとりだよ……?」
「そうだぞ、おまえひとりじゃないか」
「……え?」
 隣にいる宗司さんを見ると宗司さんの瞳が揺らぎ悲しげな表情を浮かべている。
「ね、おねえちゃん、一緒に行こう!」
 そうたくんが私の裾を引っ張る。
「……そうたくん、私の隣に男の人がいるでしょ……?」
「だーかーら、お前ひとりでつったっているようにしか見えないって!な!さきもそう見えるだろ?」
「……うん、お姉ちゃんひとりだよ」
 つとむくんが代わりに答えさきちゃんも同意する。
「おねえちゃん、どうかしたの……? おまつりいかないの?」
 そうたくんが心配そうな顔で私を見る。

「……」

 宗司さんのことがそうたくんたちには見えていないのはどういうことなんだろう……?
 そうたくんたちといっしょに行ってあげたい。
 でもこんな表情をする宗司さんのことをほっとけない。
 私は宗司さんのことが気になり――
「ごめんね、そうたくん。つとむくん。さきちゃん。……一緒に行けない」
 そうたくんは一瞬悲しそうな顔をしてから笑顔になり
「……そっか。またあそぼうね!いこうつとむくん!さきちゃん!」
 と屋台の中へ駆けて行った。


「……」
 そうたくんたちの背中を見送った後私は宗司さんに何も言えずにいた。
 宗司さんの表情は読み取れない。
「……あ、あの、宗司さん……」
「――神社の奥に」
 宗司さんが口を開く。
「神社の奥、深い森の中に満月の夜にだけ白い彼岸花が咲いています。それをとってきていただけませんか?」
 宗司さんは続ける。
「訳は……聞かないでください……。身勝手なお願いとは承知しています。ですがどうしてもその花が必要なんです。
 あなたにしか頼めないことなのです。私のお願い、聞き届けて頂けますか……?」
 宗司さんがなぜこんなに必死に私に頼むのかわからない。
 さっきそうたくんたちに見えなかったことも気になる。
 白い彼岸花をなぜほしがるのかもわからない。
 宗司さんはいったい何者なんだろう。
 知りたい。もっと宗司さんのことが。
 でもそれよりも私は宗司さんの力になりたい。
 宗司さんの願いを叶えてあげたい。
 恩返しだけじゃない。もっと……もっと深い気持ち。
「……わかりました。宗司さんの願い、私に叶えさせてください」
 宗司さんは優しくもどこか悲しげに微笑み、
「……ありがとうございます」
 とだけ告げた。


 ざらざら。
 しゃらんしゃらん。
 月の光も届かない暗い暗い森の中。
 私の歩く音だけが響く。
 宗司さんからもらった青緑色の行燈(あんどん)の明かりを頼りに森の茂みをかき分けながら進む。
 結構歩いたなぁ。
 白い彼岸花は一向に見つからない。
 もっと歩けば見つかるのかなぁ。
 ひたすら道なき道を進む。
 でもこれも全部宗司さんの願いを叶えるため。
 そう思えば足の疲れも一人で夜の森を歩く心細さも感じなかった。
 宗司さんのことを考えると胸が温かくなる。けどドキドキする。
 ……私……宗司さんのことが好きなんだ……。
 
 ひたすら黙々と歩き続ける。
 ふと目の前に木々の隙間から月の光が漏れる。
 かき分けると――
「……あった」

 白い彼岸花が咲いていた。

「綺麗……」
 月の光を受けて輝くその花はとても美しかった。

「ごめんね……」
 一言謝り摘んで宗司さんのもとへと帰った。